大阪高等裁判所 昭和61年(行コ)4号 判決 1986年8月06日
神戸市灘区鶴甲二丁目六番一号
控訴人
延原星夫
右訴訟代理人弁護士
中山俊治
同市同区泉通二丁目一番地
被控訴人
灘税務署長
石本欣三
右指定代理人
竹中邦夫
杉山幸雄
山藤和男
桜井進
主文
本件控訴を棄却する。
控訴費用は控訴人の負担とする。
事実
控訴人は「原判決を取り消す。被控訴人が控訴人に対し昭和五五年九月三〇日付けでした控訴人の昭和五二年分の所得税についての再更正処分及び無申告加算税の賦課決定処分(ただしいずれも被控訴人の異議決定により一部取り消されたのちの部分)のうち、総所得金額を二九万円分離長期譲渡所得金額を五九九四万二二二二円として算出した所得税額及び無申告加算税額を超える部分を取り消す。被控訴人が控訴人に対し昭和五七年三月五日付けでした控訴人の昭和五三年分及び昭和五五年分の各所得税についての各再更正処分やよび各無申告加算税の賦課決定処分を取り消す。被控訴人が控訴人に対し昭和五七年三月五日付けでした控訴人の昭和五四年分の所得税についての再更正処分及び過少申告加算税の賦課決定処分のうち、分離長期譲渡所得金額を一億二〇二一万二一〇〇円として算出した所得税額及び過少申告加算税額を超える部分を取り消す。訴訟費用は一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴人は主文同旨の判決を求めた。
当事者双方の主張は左のとおり附加訂正するほか原判決の事実摘示と同一であるからこれをここに引用する。
(原判決の訂正)
1 原判決一〇枚目表六行目の「別表5」を「別表5ないし8」と、同一六枚目裏一二行目以下の表中の「年度」を「年分」と訂正し、同表末尾に備考として「ただし、昭和五二年分の再更正金額は異議決定により変更され、審査請求に対する裁決によつて維持された金額」との説明を附加する。
2 原判決二三枚目表四行目から五行目にかけての「遺産取得体系により更生されているので」を「遺産取得課税方式を採用し、いわゆる遺産課税方式を採用していないので」と、同五行目から六ぎょうひ目にかけての「原則として」を「理論上は」と、同八行目の「ないので」を「ないときは」と、「反面」を「しかし」と訂正し、同裏四行目から五行目にかけての「いる」の次に「(いわゆる法定相続分課税方式の導入。相続税法五五条参照)」を附加する。
(控訴人の主張)
1 共同相続人が共有する未分割遺産の持分割合は民法八九八条、八九九条によりその「相続分」によつて定まるのであるが、ここにいう「相続分」とは法定相続分又は指定相続分をいうのではなく、同法九〇三条による特別受益を考慮して修正された結局の相続分(最終具体的相続分)をいうと解すべきである。そうすると、遺産分割未了の現在控訴人は賃料債権を生じさせた元物(本件物件)につき何如なる割合による持分を有するか不明であり、それゆえ、その法定果実たる賃料債権額も未確定である。したがつて、控訴人について被控訴人主張のような賃料債権が発生確定し、所得の実現があつたとは到底いいえないわけである。
2 現に、控訴人は具体的相続分不明のゆえに賃借人が供託した本件賃料の全部又は一部について還付請求できないでいるのである。もし、被控訴人が右供託金の八〇分の一九が控訴人の取得すべき賃料であるというのであれば、すべからく控訴人の有する該還付請求権について滞納処分をなすべきであり、控訴人もそうすべきことを再三申し入れているのであるが、被控訴人はこれを一向に行おうとせず、その理由も開陳していない。このことは被控訴人の本件不動産所得の認定自体が誤りであることを如実に示している。
(被控訴人の主張)
1 右1の主張は争う。
相続開始時の遺産に対する共同相続人の共有持分割合は一応法定(又は指定)相続分によつて定まると解すべきである。後に遺産分割協議等によつてこれと異なる結局の相続分が明らかになる場合の存することはいうまでもないが、この場合はさかのぼつて結局の相続分に応じて相続開始時から遺産を継承することになるのであつて、これは立法技術上わが民法が採用した擬制であり、右遡及効のゆえに分割前における一応の相続分が否定されるものではない。被控訴人としても、国家財源の迅速確実な確保の要請からして、右一応の相続分に準拠して課税するのは当然である。原審でも主張したとおり、後日の遺産分割の結果が被控訴人の認定と異なれば、これによる改算をして更正の請求、修正申告が許され、また、更正処分も可能である。そして、このように解さなければ、結局の相続分が確定しないという理由だけでその者が所得税の納付義務を長期にわたり免れる等著しく不合理な結果を招く。
2 前記2の主張も争う。
本件賃料が供託されている関係上、控訴人が該賃料を現実に収受していないからといつて賃料債権が未発生未確定とはいえない。また、課税処分の適否と滞納処分の当否とは直接関係がない。
証拠関係は原当審記録中の各証拠目録記載のとおりであるからこれをここに引用する。
理由
当裁判所も、控訴人の本訴請求は失当として棄却すべきであると思料するものであつて、その理由とするところは次のとおり附加訂正するほか原判決の理由説示と同一であるからこれをここに引用する。
1 原判決二四枚目表末行の「別表5」を「別表5ないし8」と訂正する。
2 原判決二六枚目裏四行目から同二七枚目一一行目表までの2(一)の説示を次のとおり訂正する。
「そこで、以上の事実を原告の本件不動産所得の存否およびその額に則して検討すると次ように解することができる。
(イ) まず、観太郎の死亡により同人が所有していた本件物件の所有権は原告を含む四名の共同相続人の共有に属することとなつたほか、同人の右物件にかかる賃貸人の地位も共同して継承され、またそれゆえ、右相続開始以後本件物件から生ずる賃料債権も右共同相続人が各共有持分(すなわち相続分)の割合に応じて取得したのであつて、右各賃料は原則としてその支払履行期の属する年分の収入すべき金額として、原告を含む各共同相続人のその年分の不動産所得の金額の計算上収入金額となると解すべきである(所得税法三六条一項、民法八九八条、八九九条)。そして、右のような法律関係は将来遺産の分割がなされその結果が相続開始の時にさかのぼつて効力を生ずるにいたるまで継続することはいうまでもない(民法九〇九条。遺産分割前の相続財産の共有関係が民法二四九条以下所定の共有と何ら異らないことにつき最高裁昭和三〇年五月三一日判決民集九巻六号七九三頁、同五〇年一一月七日判決民集二九巻一〇号一五二五頁。なお、本件物件およびこれにかかる賃貸人の地位がいまだ分割されていないことは原告の弁論自体および前記認定事実によつてこれを認めるに十分である。)
(ロ) したがつて、たとえ、原告らの相続財産未分割の段階においても、その共有持分割合の認定判断に合理性がある限り、これに基づき、被告において前記不動産所得につき所得税を賦課する趣旨の更正処分をなすことはもとより適法といわなければならない。もし、原告主張のとおり、未分割共有遺産から生じた果実について、その元物未分割のゆえに、その果実たる賃料収入を不動産所得として共有相続人に対し所得税を課することができないとすれば、一般に、共同相続人間に紛争があり、または分割協議の恣意的延伸が存するときには、その課税時期が容易に延期されることにもなり、早期に遺産分割等をした場合と比較し、租税の実質的負担に差異を生じ負担の公平を失する結果にもなつて不合理である。(相続税法五五条が遺産取得課税法制のもとで、なお法定相続分課税方式を導入して、相続財産未分割の段階での相続税の課税を認めたうえ、後日修正申告、更正の請求更正処分等の方法による修正を可能としている点および所得税法においても同様の修正が可能である―国税通則法一九条二項、二三条二項、二四条―点参照)。
そこで、本件につき被告のした原告の前記共有持分割合に関する認定判断の合理性、ひいては各更正処分の適法性について検討するに、いま仮に、右共有持分を民法九〇二条、九〇〇条所定の指定相続分、法定相続分によつて算出した結果は後記(二)(三)(原判決二七枚目表一二行目から同二八枚目裏九行目まで)のとおりなり、かつこれに基いて算出した原告の昭和五二年分ないし五五年分の不動産所得金額は後記4(原判決三三枚目裏八行目から同四一枚目裏一〇行目まで)のとおりとなり、いずれも被告の各更正処分において認定した不動産所得金額を相当程度上廻る結果になることが明らかである。
また、いま原告の相続分の算定にさいし自己の得た特別受益を考慮した場合においても、その結果はすべて被告の各更正処分において認定した不動産所得金額を上廻ること次のとおりである。
すなわち、成立に争いない乙第九号証および原告の弁論の全趣旨を総合すると、観太郎死亡後原告ら相続人四名はその遺産相続に関し争いを続け、いまなお決着をみず、その間他の相続人らが「原告には別紙2第2記載のような生前受贈(特別受益)がある。」と主張している等互いに他の特別受益が存することを主張しているのであるが、事実は、本件相続人はいずれも生前受贈分が存し、これらの相続開始時の価額は鈴子五七〇四万円(一万円以下切捨て。以下同じ)、原告七六六四万円、千恵子六八二七万円、久雄一億九三〇七万円、以上合計三億九五〇二万円と評価される一方、観太郎の現実の遺産総額は一六億〇二三三万円と評価されることが認められ、これらの事実は原告の主張にもそうところであり、いま右各特別受益による修正を施した結果原告の取得しうる取分価額を遺産総額に対する割合に引き直した比率(二七・九パーセント)は、右特別受益を無視した本来の相続分(八〇分の二一すなわち二六・二パーセント。後記の認定判断参照)を上廻ることが計算上明らかで、この結果は原告につき特別受益を考慮しても原告の本件不動産収入は計算上増額することはあつても減少することはないことを示すものである(なお、以上の計算は後記Bグループに関する原告の本来の相続分によつたものであるが、Aグループに関する本来の相続分六七分の二一によつても、相対的には同じ結果となる。)
<1>
<2>4億4766万円÷16億0233=0.279
<3>
(ハ) 原告は、さらに、以上の点に関連して、本件のような場合、慰留分割がなされるまで、原告の取得しうる賃料額は確定せず、したがつて、不動産所得は発生していない趣旨をも主張している。しかしながら、相続によつて生じた未分割の共有遺産に関する共同相続人の各共有持分(相続分)は本来相続開始とともに客観的に定まつているのであり、本件においてもこれを合理的に決しうること上来の説示および後記認定判断のとおりであるから、原告の前記主張はにわかに採用することができない。
(ニ) また、原告は、いずれにしても本件賃料は供託されており、原告としては遺産分割がなされるまでこれを還付しえず、従つて何ら賃料を現実に取得しておらず、所得の実現がない旨主張しているが、不動産所得の金額の計算上収入金額とすべき金額は、原則として、「収入すべき金額」によるべきであり、「収入した金額」によるべきでないことは先に(イ)において説示したとおりであるから(権利確定主義。最高裁昭和四九年三月八日判決民集二八巻二号一八六頁およびこれに則した所得税基本通達三六―五(1)参照)、前記原告の主張も採用することができない。
なお、右の点に関し、原告引用の最高裁昭和五三年二月二四日判決民集三二巻一号四三頁は、賃料増額請求が争われた場合における増額分の賃料は原則としてその債権の存在を認める裁判が確定した日の属する年分の所得計算上の収入金額とすべきことを判示したものであるところ、これは賃料増額請求権の性質上当該増額賃料の相当額は裁判所が種々の要素を考慮した上で判断してはじめてその額が明確となり、当事者も課税庁も裁判の確定までその権利内容を確実に把握することが困難である等の事情に鑑みてなされたものであることがその判文上明白である。しかし、本件における不動産所得額(収入金額)の算定は、右の例と事案を異にし、判示のような困難を伴うものと言い難いから、結局、右の判決を本件について有利に採用することはできないと考える。」
3 原判決二九枚目表一〇行目の「3原告の主張について」を「3原告のその他の関連主張について」と訂正し、同一一行目から同三一枚目表七行目までの(一)の説示を全部削除し、同八行目冒頭の「(二)」から同三三枚目表一〇行目冒頭の「(五)」までの追番号を繰り上げ、「(一)」から「(四)」に各訂正する。
よつて、これと同旨の原判決は相当で、本件控訴は理由がないからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき行訴法七条、民訴法九五条、八九条を適用して主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 今富滋 裁判官 畑郁夫 裁判官 遠藤賢治)